間崎滄浪(読み)まさき そうろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「間崎滄浪」の解説

間崎滄浪 まさき-そうろう

1834-1863 幕末武士
天保(てんぽう)5年生まれ。土佐高知藩士。安積艮斎(あさか-ごんさい)の門にまなび,塾頭となる。帰郷して家塾をひらき,土佐勤王党で活躍。文久2年弘瀬健太らとともに中川宮朝彦親王令旨(りょうじ)をえて藩政改革をすすめようとしたが,前藩主山内容堂(豊信(とよしげ))の怒りをかい,3年6月8日自刃(じじん)を命じられた。30歳。名は則弘。字(あざな)は士毅。通称は哲馬。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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