間庭 末吉(読み)マニワ スエキチ

20世紀日本人名事典 「間庭 末吉」の解説

間庭 末吉
マニワ スエキチ

大正・昭和期の社会運動家



生年
明治31(1898)年4月18日

没年
昭和13(1938)年3月2日

出生地
埼玉県北埼玉郡手子林村(現・羽生市)

別名
別名=白井

学歴〔年〕
高等小学校3年修了

経歴
横浜に出て船員となり、大正9年頃アメリカ共産党日本人部に加入し、11年モスクワで開かれた極東民族大会出席。12年日本共産党に入り海外連絡にあたる。13年神戸に移り共産党の組織活動をする。15年神戸港内労働組合の幹部となり、同年ウラジオストックに赴き、同地の海員ホームで活躍。昭和3年帰国し、4年の4.16事件で検挙され懲役12年に処せられたが、獄中死した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「間庭 末吉」の解説

間庭 末吉 (まにわ すえきち)

生年月日:1898年4月18日
大正時代;昭和時代の職業的革命家。共産党中央事務局員
1938年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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