関戸哲太郎宅跡(読み)せきどてつたろうたくあと

日本歴史地名大系 「関戸哲太郎宅跡」の解説

関戸哲太郎宅跡
せきどてつたろうたくあと

[現在地名]西区堀詰町

蛯屋(えびや)町内に住居を構えた。関戸氏の元祖信忠は織田信安に仕えたが、のち春日井郡小木(こき)村(現小牧市)に隠住した(府城志)。孫五兵衛は寛永二一年(一六四四)名古屋に出て、蛯屋町で質屋を開業。また信濃国と薬種の取引に従う。屋号の信濃屋はこれに由来。五兵衛の子息喜兵衛代に、祖母の氏松下を名乗る。町代にも選ばれた(関戸家譜)。次の五兵衛は享保八年(一七二三)家を相続、家業を米穀および味噌に変えた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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