朝日日本歴史人物事典 「関根只誠」の解説
関根只誠
生年:文政8(1825)
幕末から明治中期の演劇研究家,珍書収集家。江戸生まれ。本名七兵衛。只誠は号。他に東紫,木公楼,劇神仙の号がある。江戸幕府の御魚御用を勤め,松屋と称したので「松庄」とも呼ばれた。維新後は本郷日蔭町に住んだ。幼時から歌舞伎を好み,また花街では粋客との評判が高かった。膨大な数の編著を残す。河竹黙阿弥,石塚豊芥子,岩本活東子,小中村清矩,大槻如電,仮名垣魯文ら当時第一級の文化人と親交があった。子に,国文学者,故実研究家,教育者として著名な関根正直,演劇・芸能の研究家だった関根黙庵がある。代表的な編著に『誠埃只録』『戯場年表』『名人忌辰録』『演劇叢話』などがある。<著作>『東都劇場沿革誌料』(歌舞伎資料選書)
(服部幸雄)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報