出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…明治前期にはそれまで九十九里のイワシ漁網であった地引網や八手(はちだ)網(敷網の一種)が,イワシの接岸量の減少などもあって衰退過程をたどっていたので,より沖合に進出して能率的に魚群を捕獲できる能率漁網が求められていた。そのような要望にそって開発されたのがこの網で,関沢明清の紹介したアメリカ式巾着網と江戸内湾で使用されていた六人網とが開発のヒントとなった。これが旧来の揚繰網と異なっているのは,沈子綱に環をつってそれに締括綱を通し,網で魚群をまいたらすばやく網裾を締め括れるような構造にしたことで,それによっていったん網でまいた魚群の逃げ出す率が低く捕獲率が高かった。…
…魚群をまいたのち網裾を巾着のように締めて捕獲する構造のものである。アメリカで開発されたこのきんちゃく網を,最初に日本に紹介したのは関沢明清であった。彼はその梗概をアメリカの漁業報告から訳出し,1881年(明治14)2月《中外水産雑誌》に掲載したのをはじめ,紹介記事の発表や講演を行った。…
※「関沢明清」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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