関農場(読み)せきのうじよう

日本歴史地名大系 「関農場」の解説

関農場
せきのうじよう

陸別町南西部、字斗満とまむなどに関寛斎とその子たちによって設置・経営された農牧場。寛斎は徳島県で医師として財をなしたが、七〇歳で社会奉仕を発意して北海道開拓に財を投じ、「独立自営して地方自治の実行を為し得るの農家を養成」しようと決意(予が実行せる中等自作農家奨励の計画)。明治三四年(一九〇一)足寄郡リクベツ原野三九〇万坪と中川なかがわ郡オルベ原野四九〇万坪の貸付けを受け、農場を開いた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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