関間新田(読み)せきましんでん

日本歴史地名大系 「関間新田」の解説

関間新田
せきましんでん

[現在地名]坂戸市関間一―四丁目・関間新田・南町みなみちよう千代田ちよだ一丁目・同三丁目・八幡やはた一―二丁目、鶴ヶ島市富士見ふじみ一―二丁目

片柳かたやなぎ新田の南にあり、南は大塚野おおつかの新田(現鶴ヶ島市)、西は高麗こま脚折すねおり(現同上)川越から坂戸へ通じる道が南東から北西へ走る。享保一〇年(一七二五)関間三郎兵衛により開墾された。開墾後は幕府領。明和九年(一七七二)新田検地が行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む