阿川山砂鉄洗取場(読み)あがわやまさてつあらいとりば

日本歴史地名大系 「阿川山砂鉄洗取場」の解説

阿川山砂鉄洗取場
あがわやまさてつあらいとりば

[現在地名]豊北町大字阿川 野地鴻頭

大浦おおうら(二八七・五メートル)の西北麓野地のじにあり、前方に日本海が開ける。

「宰判本控」によると、伊上いがみ(現大津郡油谷町)では文化一一年(一八一四)頃から浜砂鉄の掘取りを願い出る者があり、文政一〇年(一八二七)の春には河原かわら(現大津郡油谷町)御立山黒滝くろたきに、藩営の鉄山鑪場が開かれた。これは付近に薪炭林があり、たたらの吹出しに便利であったためであったが、天保二年(一八三一)に地下の支障で中止した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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