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陸定一 りくていいちLu Ding-yi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

陸定一
りくていいち
Lu Ding-yi

[生]光緒33(1907).江蘇無錫
[没]1996.5.9. 北京
中国の政治家。上海の交通大学卒業。在学中の 1924年中国共産党に入党。米ソ両国に留学。 37年紅軍第1方面軍宣伝部長,43年第 18集団軍政治部副主任。 45年の七全大会で党中央委員,56年の八全大会で再選された。 1949年以降党中央宣伝部長として教育,文化面の指導的地位にあり,56年5月の「百花斉放百家争鳴」の講演は有名。 59年以降は国務院副総理を,65年からはさらに文化部長を兼ねたが,66年からの文化大革命で批判され,すべての公職を奪われた。文革後に名誉回復され,思想解放や毛沢東批判を主張。 79年全国政治協商会議副主席,82年と 87年に中央顧問委員会常務委員などを歴任した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

陸定一
りくていいち / ルーティンイー
(1907―1996)

中国の政治家。江蘇(こうそ)省出身。1924年、中国共産党に入党。上海(シャンハイ)の交通大学卒業後、旧ソ連とアメリカに留学。帰国後、瑞金(ずいきん)の江西ソビエト区で共産主義青年団総書記、ついで紅軍第一方面軍宣伝部長となって、長征に参加。抗日戦争中は華北前線で政治工作に従事、1945年党中央委員、党中央宣伝部長。1946年党南京(ナンキン)弁事処主任。新中国成立とともに、宣伝部長兼任のまま政務院文化教育委員会副主任、人民代表大会常務委員。1959年国務院副総理、1965年文化部長を兼任、文芸・教育部門の最高指導者となる。1956年5月の「百花斉放・百家争鳴」の講演は、言論自由化との関連でとくに有名。文化大革命中はすべての職務を解任されたが、のち名誉回復、1982年中央顧問委員会常務委員に選ばれた。全国政協副主席も務めた。[安藤彦太郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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