陽広寺(読み)ようこうじ

日本歴史地名大系 「陽広寺」の解説

陽広寺
ようこうじ

[現在地名]名川町剣吉 上町

上町かみまちの北の山沿いに位置し、諏訪神社の西に隣接する。石田山と号し、曹洞宗本尊釈迦牟尼。寛保四年(一七四四)の諸寺院寺号山号帳(八戸市立図書館蔵)に「一名久井法光寺末寺剣吉村 石田山陽広寺」とある。慶長年間(一五九六―一六一五)の草創で、開基は北信愛、開山法光ほうこう寺五世久山という(「御領内寺院来由全」八戸市立図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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