隈野(読み)くまの

日本歴史地名大系 「隈野」の解説

隈野
くまの

建久図田帳の八条女院領国富くどみ庄の一円庄のなかに地頭平五の所領として隈野八〇丁とみえる。隈野は三郡にまたがる国富庄の宮崎郡の所領単位で、清武きよたけ川と加江田かえだ川に挟まれ海に最も近接した地域である。当地一帯は南朝方の肝付氏の勢力と北朝方の伊東氏や土持氏・島津氏の勢力間の争奪の地となった。永和四年(一三七八)頃には伊東祐重・祐安の所領となっていた(日向記)。明徳二年(一三九一)島津元久が日向守護職に任じられると、大淀川より南は島津方の日向進出の拠点となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む