清武川(読み)きよたけがわ

日本歴史地名大系 「清武川」の解説

清武川
きよたけがわ

田野たの町南端にあたる鰐塚わにつか(一一一八・八メートル)の北斜面を源流域とし、清武町を経て宮崎市木花きばな地区で日向灘に注ぐ。全長三三・六キロの二級河川。南方を並行するように流れる加江田かえだ川とともに、宮崎平野と鰐塚山地の接する部分を東流する。流域の複雑な地形を反映して支流が多く、一八流を数える。上流部は別府田野びゆうたの川ともよばれる。明治一九年(一八八六)の統計及内務報告(県庁文書)の河川ノ脈絡には新町しんまち川と記され、支流も五流あげられている。そのうち今も同じ名称の支流は田野町域を流れる松山まつやま川と水無みずなし川で、新町川の旧称は江戸時代の清武郷木原きわら(現清武町)の中心集落新町の名によるものと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む