隠岐村(読み)おきむら

日本歴史地名大系 「隠岐村」の解説

隠岐村
おきむら

[現在地名]甲賀町隠岐

神保じんぼう村の西、佐治さじ川の谷口にあたる。大半は丘陵で、もんうち砂坂すなさか打越うちこしの各垣内に分れる。古くは神保と合せて大佐治と称し、佐々木義清および子孫の隠岐氏が領したという。寛永石高帳では高九三八石余。慶安二年書上では田六一一石余・畑屋敷七九石余・永荒川欠二四七石余。江戸時代を通して旗本堀田領。元治二年(一八六五)の大工高五七石(小山文書)。元禄七年(一六九四)土山つちやま宿(現土山町)助郷となり勤高八八一石(土山町有文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む