日本歴史地名大系 「雑司ヶ谷御鷹部屋跡」の解説 雑司ヶ谷御鷹部屋跡ぞうしがやおたかべやあと 東京都:豊島区雑司ヶ谷村雑司ヶ谷御鷹部屋跡[現在地名]豊島区南池袋四丁目御鷹部屋は将軍の鷹狩に用いる鷹を飼養する施設。享保(一七一六―三六)初年に放鷹制が復活した際、本郷御弓(ほんごうおゆみ)町(現文京区)の甲斐甲府藩主柳沢家の屋敷を収公して設けられたが、享保二年一月二二日に類焼したため、当地と千駄木(せんだぎ)(現文京区)の二ヵ所に移された。沿革図書は当地への移転を享保四年とし、同年には近接して御鷹方の組屋敷も置かれている(同書)。当御鷹部屋の敷地は旗本水野氏・同坂原氏の抱屋敷であった地で(「風土記稿」によれば約九千坪)、法明(ほうみよう)寺の東方、本染(ほんせん)寺の南方にあたる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by