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雲谷等的 うんこく とうてき

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美術人名辞典の解説

雲谷等的

江戸前期の画家。広島生。等屋の長男。幼名は於又丸、名は元明。父が歿してのち萩に引き取られ、叔父である等益の指導を受けた。元和四年兵部少輔に任じられて一家を構え、寛永十九年法橋を叙位。等益・等与とともに大徳寺碧玉庵の襖絵制作に従事した。寛文4年(1664)歿、59才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

雲谷等的 うんこく-とうてき

1606-1664 江戸時代前期の画家。
慶長11年生まれ。雲谷等屋の長男。父が早く死んだため,長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)で叔父の雲谷等益にそだてられる。のち萩藩につかえた。寛文4年1月22日死去。59歳。名は元明。作品に「高士騎驢・花鳥図」「花鳥図屏風(びょうぶ)」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

雲谷等的

没年:寛文4.1.22(1664.2.18)
生年:慶長11(1606)
江戸初期の雲谷派の画家。本名原兵部少輔元明。雲谷等顔の長男等屋と萩藩医馬島立意の娘の長男。父の死後,萩(山口県)の叔父等益のもとに引き取られ成長。毛利家の特別の計らいで本家と同等の禄を賜り,御用絵師となる。寛永19(1642)年法橋に叙せられた。

(川本桂子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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