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巡見使 じゅんけんし

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

巡見使
じゅんけんし

江戸時代,将軍代替り五畿七道の幕領,大名領民情政情を視察するため派遣された役人使番1人に小姓組番書院番の者2人を差添え,定員は 35人で,都合により幾組にも分れて巡視した。元和1 (1615) 年に始るといわれ,徳川5代将軍綱吉の頃から整備された。享保年間 (1716~36) あたりまでは効果をあげたが,それ以降は形式化し,13代将軍家定のとき以来延期もしくは中止された。寛文年間 (1661~73) 以降は沿海視察に重点が移った。

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デジタル大辞泉の解説

じゅんけん‐し【巡見使】

江戸幕府が諸国に派遣し、地方の政情・民情の視察にあたらせていた役人。

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百科事典マイペディアの解説

巡見使【じゅんけんし】

江戸時代に全国の幕府領や私領の支配の実情をみるために,幕府から派遣された視察官。五代徳川綱吉(つなよし)以降は将軍の代替りの際に派遣されることが多く,全国を幾つかのブロックに分け,各ブロック三名ずつの派遣が原則であった。
→関連項目村明細帳

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世界大百科事典 第2版の解説

じゅんけんし【巡見使】

江戸時代,将軍の代替りに際して全国の施政・民情を査察するため派遣された幕府の上使。1633年(寛永10),67年(寛文7),81年(天和1),1710年(宝永7),16年(享保1),46年(延享3),60年(宝暦10),88年(天明8),1838年(天保9)に派遣。また1664年と71年に関東のみ,1712‐13年(正徳2‐3)に幕領のみ派遣。最初の寛永の巡見使は,大御所徳川秀忠が死去し3代将軍家光が名実ともに政権を掌握したのを機に,また寛文の巡見使は4代家綱の政権の確立期に,それぞれ派遣されたが,5代綱吉の天和の巡見使以降,代替り直後に派遣されるようになった。

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大辞林 第三版の解説

じゅんけんし【巡見使】

江戸幕府の職名。将軍の代替わりごとに諸国の政情を視察した職。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

巡見使
じゅんけんし

江戸幕府の監察制度の一つ。「諸国巡見使」と「御料(ごりょう)巡見使」の2種類があった。一般によく知られているのは、諸大名の領地を対象に派遣された「諸国巡見使」のほうである。3代将軍徳川家光(いえみつ)の1633年(寛永10)に始まり、4代家綱(いえつな)の67年(寛文7)を経て、5代綱吉(つなよし)の81年(天和1)のときから将軍の代替りの年かその翌年に派遣されるようになった。こののち、幼少短命に終わった7代家継(いえつぐ)の治世を除き、6代家宣(いえのぶ)の1710年(宝永7)、8代吉宗(よしむね)の16年(享保1)、9代家重(いえしげ)の46年(延享3)、10代家治(いえはる)の60年(宝暦10)、11代家斉(いえなり)の88年(天明8)、12代家慶(いえよし)の1838年(天保9)と続いた。13代家定(いえさだ)、14代家茂(いえもち)の治世は延期や中止などで派遣はなく、15代慶喜(よしのぶ)の67年(慶応3)に至って停止された。つごう前後9回の派遣であった。全国を八つの区域に分かち(一区域は数か国ないし十数か国からなる)、各地域には、使番(つかいばん)、書院番、小姓組(こしょうぐみ)のなかから人を選び、3人を一組(かならず使番を含む)として派遣した。1667年の派遣時は、なかに「浦々」の巡見(江戸より大坂に至る浦々の陸路、西海道および山陽道の国々の海辺)も含まれていた(この場合は、おもに船手(ふなて)から派遣)。「御料巡見使」のほうは、全国に散在する幕府の直轄地を対象とし、江戸中期ごろまでは随時派遣された。勘定(かんじょう)、支配勘定、徒目付(かちめつけ)のなかから人を選び、前後21回の派遣であったという。「諸国巡見使」は大名領地、「御料巡見使」は幕府直轄地の治政の良否を調査し、監督するのを目的としたが、いずれものちには儀礼化した。大名のなかには、巡見使の報告によって悪政が露顕し、ついに改易に処せられるものもあった。[北原章男]

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世界大百科事典内の巡見使の言及

【使番】より

…若年寄の支配に属し,役高は1000石,格は布衣,詰所は菊之間南御襖際。平時には,将軍の代替りごとに諸国を巡回して大名の治績動静を視察し(諸国巡見使),あるいは幼少の大大名のもとへ多く赴任し,その後見監督に当たり(国目付),あるいは城の受渡しのときにその場に臨んで監督するなど,すべて幕府の上使を務めた。また二条,大坂,駿府,甲府などの要地にも目付として出張し,遠国役人の能否を監察した。…

※「巡見使」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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