日本歴史地名大系 「鞆浦川口番所跡」の解説 鞆浦川口番所跡ともうらかわぐちばんしよあと 徳島県:海部郡海部町鞆浦鞆浦川口番所跡[現在地名]海部町鞆浦江戸時代、徳島藩が設置した番所の跡。正保元年(一六四四)鞆浦の波止崎に川口番所が設置され、また手倉(てくら)に遠見山番所が置かれている。正徳六年(一七一六)の諸番所改帳に「鞆浦川口番所」とみえ、キリシタン制札・諸廻船定書が掲げられ、男女や俵物などの出入りを改めた。寛政五年(一七九三)鞆浦の手倉山に砲台が設置されている(「海部狼煙場覚」蜂須賀家文書)。また御分一所が置かれ、キリシタン制札・諸廻船定書とともに酒造定書が掲示され、諸改を行った。延宝四年(一六七六)「海部下灘」方面に流出した材木のうち商人・百姓の木印があるものは鞆浦の御分一所に差出すべきこととされている(元居書抜)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by