海部町(読み)かいふちよう

日本歴史地名大系 「海部町」の解説

海部町
かいふちよう

面積:二六・三六平方キロ

県南部、海部郡の南西部に位置する。北は海南かいなん町、南から西は宍喰ししくい町に接し、東部は太平洋に臨む。町域には標高五〇〇メートル以下の山嶺が連なり、北部から南流する海部川海南町境を流れて鞆浦ともうらの辺りで海に注ぐ。平野部は海部川の流域とこれに合流するはは川の流域にみられる。鞆浦の南は那佐なさ湾で、東の沖に小島が浮ぶ。海岸部をJR牟岐線、国道五五号、海部川筋を国道一九三号が通るほか、県道芥附くぐつけ―海部線が通る。


海部町
かいふちよう

[現在地名]西区靭本うつぼほん町二丁目・西本にしほん町二丁目

海部堀川かいふぼりがわ町の南にあり、東は永代えいたい堀に門樋もんぴ橋が架かり、南東阿波堀あわぼり川に架かる太郎助たろすけ橋によって阿波町と結ばれる。もと海部堀川町と一町であったが、のちに分れたという(→海部堀川町。大坂三郷北組に属し、元禄一三年(一七〇〇)の三郷水帳寄帳では屋敷数一八・役数二五役で、うち年寄分一役が無役。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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