鞍掛城跡(読み)くらかけじようあと

日本歴史地名大系 「鞍掛城跡」の解説

鞍掛城跡
くらかけじようあと

[現在地名]美作町田殿

梶並かじなみ川左岸にある中世の山城跡。本格的な遺構調査は行われていない。一色いしき楢原中ならばらなかの中間にあり、「東作誌」では楢原中村の項に記され、楢原城とも称した。本丸は一町四方、東の丸五〇間四方、二の丸一町四方、堀切は幅三〇間とある。文和四年(一三五五)一月一七日の足利尊氏御判御教書(上月文書)に「美作国鞍懸城」とあり、上月左近将監に警固忠節を命じている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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