頂妙寺(読み)ちようみようじ

日本歴史地名大系 「頂妙寺」の解説

頂妙寺
ちようみようじ

[現在地名]左京区大菊町

南面する寺門が仁王門(におうもん)通に開く。聞法山と号し、日蓮宗。妙国院日祝を開山とする。本尊は十界大曼荼羅。「本化別頭仏祖統紀」によれば、日祝は文明(一四六九―八七)初年下総国千葉郡より上洛、同五年開基檀越の細川勝益の帰依により当寺を建てた。明応四年(一四九五)勝益が北は錦(にしき)小路、南は四条、西は万里(まで)小路、東は富(とみ)小路の地(現京都市中京区)を寄進し(細川角田系図)、寺域が定められた。開基をこの明応四年とする説もあるが、「後法興院記」文明一三年七月一四日条に「向長妙寺令聴聞法華法談」とあるから、やはり文明五年とすべきであろう。

永正六年(一五〇九)には新町(しんまち)通長者(ちようじや)町(現京都市上京区)へ、大永三年(一五二三)高倉中御門(たかくらなかみかど)(現同区)へと寺地を移した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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