須万村(読み)すまむら

日本歴史地名大系 「須万村」の解説

須万村
すまむら

[現在地名]徳山市大字須万、都濃つの鹿野かの町大字須万

北流するにしき川の流域と、その支流の谷々に集落が点在する山間大村。北から東は玖珂くが郡の広瀬ひろせ野谷のたに(現錦町)三瀬川さんぜがわ(現玖珂郡周東町)などの諸村に接し、西は金峰みたけ、南は須々万すすま中須なかずの各村。徳山藩領。

伊勢神宮の御師の守札配布先の手控である中国九州御祓賦帳の享禄五年(一五三二)分に「すまのれんけ寺」とある。

慶長五年(一六〇〇)検地帳では須万郷として石高一千二四九石二升を記すが、同一五年の検地帳では須万として総石高三千五一二石余を記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む