須江浦(読み)すえうら

日本歴史地名大系 「須江浦」の解説

須江浦
すえうら

[現在地名]串本町須江

大島(おおしま)浦の南東にあり、大島の南端を占める。熊野灘に面する半農半漁村で、集落は南東部にある小湾の奥、三方を山に囲まれた狭い海辺に集まる。須江は末の意味で、島の末端の意から出た名という(続風土記)。

慶長検地高目録には須江村と記され、高三三石余。「続風土記」によると家数六四、人数二六八。古座組に属した。御領分加子米高帳(田中家蔵)では加子米高一二・六石。鰹釣漁が盛んで古くより操業されていたと考えられ、寛永一四年(一六三七)以降岬会合に所属して操業した(潮御崎神社文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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