領家村・地頭方村(読み)りようけむら・じとうほうむら

日本歴史地名大系 「領家村・地頭方村」の解説

領家村・地頭方村
りようけむら・じとうほうむら

[現在地名]大野市阿難祖領家(あどそりようけ)・阿難祖地頭方(あどそじとうほう)

赤根(あかね)川の上流、阿難祖丘陵にあり、北は上舌(かみした)村。中世には両村を併せて阿難祖村と称したと推定される。正安元年(一二九九)一〇月一八日の沙弥知円他寄進状(宝慶寺文書)に「越前国大野郡小山庄木本郷内宝慶寺敷地事」としてその四至に「限北阿難祖・味美・部子、限南領家方堺、限東志目幾谷・戸鼻、限西小窺畠通」とあり、「右件所者、依為深山勝地、無田畠耕作之儀、人跡民家隔境之間(下略)」と記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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