願勝寺(読み)がんしようじ

日本歴史地名大系 「願勝寺」の解説

願勝寺
がんしようじ

[現在地名]美馬町 願勝寺

郡里こおざと地区の西部、吉野川左岸の河岸段丘上にある。宝壺山真城院と号し、真言宗御室派。本尊は阿弥陀三尊像。行基の開基と伝え、古くは歓勝かんしよう寺と号したとされる。「郡里町史」によると、元来は本尊として薬師如来および十二神将を安置していたが、のち阿弥陀三尊に改めたという。鎌倉時代、小笠原長房のときに寺禄二〇貫を寄進されたといわれる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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