日本歴史地名大系 「風呂下」の解説 風呂下ふろのした 茨城県:水戸市水戸城下上町風呂下[現在地名]水戸市根本(ねもと)一―二丁目・金(かね)町一―二丁目・北見(きたみ)町舜水(しゆんすい)祠堂と肥田氏屋敷の間の坂(現金町一―二丁目)から青柳(あおやぎ)村への那珂川の渡場に通ずる道筋の地。常葉(ときわ)村の内であるが近世中期までに町化した。「水府地名考」は「此坂の中段比にも風呂ありしかと思ハる故に風呂下の名も起りしなるべし」といい、また「古老相伝ふ御家中新婚の嫁夫正月此所を通る相図有りて朋輩の若もの左右より出て水をあぶせ或は泥土なとぬりしを則此所の風呂に入りて洗ひしとなり、此事次第に長して終に喧嘩の媒となりしかば、義公の御時御制禁となりしとぞ」と記す。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by