日本歴史地名大系 「飯倉町六丁目」の解説
飯倉町六丁目
いいぐらまちろくちようめ
[現在地名]港区麻布台 一―二丁目
飯倉町二丁目・同三丁目の西側に続いて麻布丘陵の頂部へ向かう往還沿いにある年貢町屋。東が田安家奥詰藤井邸・書物奉行支配同心木本邸など、西が豊後臼杵藩稲葉家下屋敷・陸奥三春藩秋田家下屋敷、南が能役者金剛邸・
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
飯倉町二丁目・同三丁目の西側に続いて麻布丘陵の頂部へ向かう往還沿いにある年貢町屋。東が田安家奥詰藤井邸・書物奉行支配同心木本邸など、西が豊後臼杵藩稲葉家下屋敷・陸奥三春藩秋田家下屋敷、南が能役者金剛邸・
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