飯合作遺跡(読み)いごうさくいせき

日本歴史地名大系 「飯合作遺跡」の解説

飯合作遺跡
いごうさくいせき

[現在地名]佐倉市下志津

手繰たぐり川中流に面した台地平坦部に位置。所在地の正確な字名は飯郷作いごうさく。昭和五一年(一九七六)から同五二年にかけての発掘調査の結果、縄文時代早期の炉穴一、弥生時代の竪穴住居跡四一軒、古墳時代前期の竪穴住居跡四六軒、古墳時代後期の竪穴住居跡三軒、平安時代の竪穴住居跡一九軒・掘立柱建物跡六棟などの生活遺構や前方後方墳二基、方墳・方形周溝墓二五基以上の墳墓遺構(飯合作古墳群)、および性格不明の土壙若干などが検出された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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