飯寺村(読み)にいでらむら

日本歴史地名大系 「飯寺村」の解説

飯寺村
にいでらむら

[現在地名]会津若松市門田町飯寺もんでんまちにいでら、北会津郡北会津村三本松さんぼんまつ

阿賀川東岸にあり、東は若松城下南東徳久とくひさ村。二井寺・新井寺とも記し、一時期は新寺とも書いたが、寛文年中(一六六一―七三)旧に復したという。下野国へ向かう街道が通り、南を上飯寺、北を下飯寺、街道東側を新田しんでんとして三区に分れる。下飯寺より西へ金山かねやま谷への道が分れ、阿賀川には渡船場(上米塚渡船場)があり、村中に一里塚もあった(新編会津風土記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む