飯掛村(読み)いかけむら

日本歴史地名大系 「飯掛村」の解説

飯掛村
いかけむら

[現在地名]吉永町笹目ささめ

現吉永町中央部最西端の谷間にあり、西は岸野きしの(現和気町)。慶長一八年(一六一三)の和気郡御勘定帳に日笠ひかさ内として飯懸村とみえ、物成二四石余、夫米一石余。寛永備前国絵図によれば高五四石余。「備陽記」では田畑四町五反余、家数一三・人数七二。文化年間の「岡山藩領手鑑」によれば、直高六一石余で家臣一名の給地。二口高六二石余・残高四五石余、反別田一町九反余・畑一町八反余、家数一八、すべて浦伊部うらいんべ(現備前市)妙圀みようこく寺檀家、人数一〇四、牛七、宮一(権現)、猟師鉄砲四、池四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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