飯浦(読み)いいら

日本歴史地名大系 「飯浦」の解説

飯浦
いいら

[現在地名]平戸市飯良町

根獅子ねしこ村の南西にあり、西部は広い入江に臨む。一五五七年(弘治三年)から一五五八年(永禄元年)頃にかけて松浦氏家臣の籠手田氏の所領であるイイラHira布教が始められ、平戸地方のキリシタンの拠点のなかで最も古い地の一つであり、ヴィレラ神父が十字架を立てたという(フロイス「日本史」)。一五六一年豊後からイエズス会のアルメイダ修道士が当地などを巡回、修道士は教会がなかったため信者の家に泊まって説教をしたが、大きい村ながら異教徒は一人もいなかったので教会を建立することになり、平戸から額入りの画像など装飾一切を送らせたという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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