飯田町四丁目(読み)いいだまちよんちようめ

日本歴史地名大系 「飯田町四丁目」の解説

飯田町四丁目
いいだまちよんちようめ

[現在地名]千代田区飯田橋いいだばし一―三丁目

明治五年(一八七二)に成立。東は日本橋川を境に三崎みさき町・西小川にしおがわ町、西は飯田町三丁目、南は同二丁目、北は外堀。江戸時代には小石川御門内こいしかわごもんないと通称。初期からの武家地で、正保期(一六四四―四八)には飯田川(堀留川・日本橋川)が小石川御門近くの播磨姫路藩松平(榊原)忠次の屋敷の南東まで延び、その水路沿いに御台所小間遣衆の住いがあった(正保江戸絵図)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む