養寿院跡(読み)ようじゆいんあと

日本歴史地名大系 「養寿院跡」の解説

養寿院跡
ようじゆいんあと

[現在地名]熊本市紺屋今町

高田原の追廻田畑こうだばるのおいまわしたばたの南、新鍛冶屋しんかじや町にあった寺で、東は永泉えいせん寺に隣接した。万年山と号し、曹洞宗。「国誌」によれば、初めは豊前国にあり、開山は豊前国泰巌たいがん寺二世規翁摸。細川氏入国に際し、寛永一一年(一六三四)泰巌寺が八代に移された時、養寿院の二世香林(慶林とも)随伴し、ふる町の新鍛冶屋町に建立したという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む