馬塚村(読み)まづかむら

日本歴史地名大系 「馬塚村」の解説

馬塚村
まづかむら

[現在地名]新見市馬塚

高尾たかお村の北、高梁たかはし川の左岸に位置し、石垣いしがき浜子はまこ中原なかはら本村さくらの集落がある。中世には村社むらこそ郷に含まれ、弘安四年(一二八一)一〇月二日、左兵衛尉季綱が子の弥熊丸に譲った村社郷内の一所として馬塚がみえる(同八年八月三日「関東下知状」慈光寺文書)。別に「左久良」もみえるが、当地の桜であろう。高梁川対岸は新見庄で、年未詳五月一八日の新見庄三職連署注進状(東寺百合文書)に「助延名長田知行おママ候処ニ、国方馬塚と申候者違乱仕候て」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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