馬領家村(読み)うまりようけむら

日本歴史地名大系 「馬領家村」の解説

馬領家村
うまりようけむら

[現在地名]浜松市領家一―三丁目

上中島かみなかじま村の東に位置。現在、地元では「ばりょうけ」とも読むが、当地は中世浜松庄宇間うま郷内にあたり、宇間郷の領家村という意味と推定される。天正一八年(一五九〇)二月五日の伊奈忠次知行書立写(朝野旧聞藁)に浜松庄のうち領家村がみえ、同地の二八一俵余などが松下三十郎に与えられている。翌一九年一一月二〇日の四拾七村惣高辻書上(横山家文書)に領家とみえる。松平忠頼領郷村帳に領家村とみえ高一七五石余、畑一七町五反余、ほかに永正寺(現浄土宗栄秀寺)領五石。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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