馬養人上(読み)うまかいの ひとがみ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「馬養人上」の解説

馬養人上 うまかいの-ひとがみ

?-? 奈良時代の豪族
播磨(はりま)(兵庫県)賀古(かこ)郡の人。仁徳(にんとく)天皇のころ,吉備津彦(きびつひこ)の末裔である先祖印南野(いなみの)にすみ,6世の孫が聖徳太子につかえて馬司となったので「庚午年籍(こうごねんじゃく)」に馬養氏と誤記された。天平神護(てんぴょうじんご)元年(765)ねがいでて印南野氏となった。吉備御友別(きびの-みともわけ)の11世孫ともいう。

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朝日日本歴史人物事典 「馬養人上」の解説

馬養人上

生年生没年不詳
8世紀中ごろの地方豪族。播磨国賀古郡(加古川市,高砂市付近)の人。天平神護1(765)年5月に外従七位下。その先祖は吉備都彦の後裔上道臣の一族息長借鎌で,その6世の孫のとき馬司に任じられたため,「庚午年籍」(670)で誤って馬養造とされた。印南野臣への氏姓変更を願い出て許された。

(岩本次郎)

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