20世紀日本人名事典 「駒杵勤治」の解説 駒杵 勤治コマギネ キンジ 明治・大正期の建築家 生年明治10(1877)年5月24日 没年大正8(1919)年8月2日 出生地山形県新庄市小田島町 学歴〔年〕東京帝大建築科卒 経歴明治35年茨城県庁に入庁、36年技師となる。建築家として、20代の若さで旧制土浦中学校本館、旧制太田中学校講堂(いずれも国重要文化財)、茨城商業学校などを次々設計。在職2年余で退職。その後、内務省、海軍省を経て、福岡市に事務所を開設した。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「駒杵勤治」の解説 駒杵勤治 こまきね-きんじ 1877-1919 明治-大正時代の建築家。明治10年5月24日生まれ。35年茨城県庁にはいり,翌年技師となる。土浦中学本館(重要文化財),太田中学講堂などを設計・施工監理した。のち内務省技師,海軍省技師を歴任。大正8年2月27日死去。43歳。山形県出身。東京帝大卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by