高倉範季(読み)たかくらのりすえ

改訂新版 世界大百科事典 「高倉範季」の意味・わかりやすい解説

高倉範季 (たかくらのりすえ)
生没年:1130-1205(大治5-元久2)

白河・後鳥羽両院の近臣。藤原能兼の男,母は高階為賢の娘。順徳天皇の母修明門院(しゆめいもんいん)の父。後白河院政下に諸国受領歴任,九条兼実の家司も務めたが,1179年(治承3)平氏クーデタにより陸奥守を解任され,86年(文治2)には源頼朝から源義経与同の嫌疑を受け,木工頭(もくのかみ)等を解官された。しかしこの間,後鳥羽天皇養育にあたり,晩年は従二位にまで昇った。源範頼も幼年期彼に養われたという。
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