高島陵(読み)たかしまりよう

日本歴史地名大系 「高島陵」の解説

高島陵
たかしまりよう

下河合の寺岡しもがわいのてらおかにある。「常磐草」は、高島と俗称する松の生えた円山を、里人は淡路廃帝(淳仁天皇)の陵として、毎年正月九日と八月九日に祀っているが、「延喜式」には廃帝陵は三原みはら郡にありと明記されているから、その説はあたらないとし、むしろ早良親王すなわち崇道天皇の山陵であろうとする。早良親王は桓武天皇の皇太弟であったが、藤原種継暗殺に連座し廃太子となり、延暦四年(七八五)淡路国配流の途中憤死した(「日本紀略」同年九月二八日条)。のちにその霊が皇太子安殿親王(平城天皇)に祟りをなすということで、同九年には淡路国に令して守冢一烟をあて、また同一六年五月二〇日には法要を設けて悔過し、この頃骨を迎えて大和国添上そふのかみ八嶋やしま(現奈良市)に葬ったというが、正確な年次は不明。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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