高崇寺跡(読み)こうすうじあと

日本歴史地名大系 「高崇寺跡」の解説

高崇寺跡
こうすうじあと

[現在地名]高山町新富

四十九所神社北の宮之馬場みやのばばにあった。摩尼山五大院と号し、真言宗。本尊不動明王は春日作、または弘法大師作ともいわれ、高山五仏の一で中央の尊像と称された(三国名勝図会)。高山五仏とは、当寺の不動明王(中央尊像)花牟礼はなむれ薬師如来(東方尊像)検見崎けんみざき城跡阿弥陀如来(西方尊像)道隆どうりゆう寺の十一面観音(南方尊像)尾之下おのしたの長福寺跡の釈迦如来(北方尊像)で、いずれも現廃寺

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む