高崎塚原古墳群(読み)たかざきつかばるこふんぐん

日本歴史地名大系 「高崎塚原古墳群」の解説

高崎塚原古墳群
たかざきつかばるこふんぐん

[現在地名]高崎町江平・縄瀬

大淀川西岸の標高一五五メートルの台地上にある。昭和一七年(一九四二)縄瀬の横谷なわぜのよこだに地区のものと合せて高崎町古墳として県の史跡に指定されている。現在確認できる古墳は、前方後円墳一基・円墳一八基である。当古墳群と大淀川との間は現在水田となっているが、大正時代からの開墾以前は五〇基ほどの古墳があったといわれている。前方後円墳は全長六五・五メートルで北諸県郡最大の規模である。古墳時代前期後半から中期前半に築造されたとみられ、当該地域で四基確認されている前方後円墳のうちで最初に築造されたものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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