高徳村(読み)たかとくむら

日本歴史地名大系 「高徳村」の解説

高徳村
たかとくむら

[現在地名]藤原町高徳

鬼怒川左岸にあり、西の対岸柄倉からくら村、南の対岸は大桑おおくわ(現今市市)。会津西街道が川沿いに南北に通り、南東端で鬼怒川を渡る。慶安郷帳に村名がみえ、畑高一七七石余。寛延四年(一七五一)から明和元年(一七六四)まで下総佐倉藩領となった(紀氏雑録続集)以外は宇都宮藩領で、慶応二年(一八六六)からは高徳藩領。会津西街道の宿で、享保七年(一七二二)には船生ふにゆう(現塩谷町)より二里半で駄賃七一文、大原おおはらまで一里四町で駄賃四五文(「道法・駄賃覚書」坂本竜太文書)。元禄六年(一六九三)以前と推定される宇都宮藩領知村々書上(佐藤正重文書)では,当村大原村・藤原村と湯本門前ゆもともんぜん(現那須郡塩原町)で笹板一千三二三束を納めるとある。天保五年(一八三四)の川辺組売木仲間連名帳(斎藤泰文書)には当村から二名が加わっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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