高根村開発場・高根新田(読み)たかねむらかいはつば・たかねしんでん

日本歴史地名大系 「高根村開発場・高根新田」の解説

高根村開発場・高根新田
たかねむらかいはつば・たかねしんでん

[現在地名]瑞穂町高根たかね

富士山ふじやま村の西にあり、西は富士山栗原ふじやまくりはら新田。新町しんまち(現青梅市)の東方に広がる原野(新町野とよばれた)を高根村が開発した新田で、明治初期の富士山村小字図(瑞穂町史)では当地に相当する富士山村の西方一帯は「御料高根開発場」とあって、この高根村の開発場(幕府領)は宮寺新田と宮野新田で構成されていた。うち宮寺新田は宮寺七ヵ村新田ともいい、矢寺やでら中野なかの小ヶ谷戸こがやと荻原おぎわら大森おおもり(現埼玉県入間市)・高根・ぼうの七ヵ村入会地で(風土記稿)、享保一一年(一七二六)に高八三石余(反別三五町余)年貢割付がなされていて、それ以前の開発。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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