高橋兼吉(読み)たかはし かねきち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「高橋兼吉」の解説

高橋兼吉 たかはし-かねきち

1845-1894 幕末-明治時代大工
弘化(こうか)2年生まれ。出羽(でわ)鶴岡藩(山形県)の普請係をつとめる。維新後,山形県令三島通庸(みちつね)にみとめられ,西田川郡役所,鶴岡警察署など洋風建築を手がけた。また善宝寺五重塔,荘内神社など寺社建築ものこした。明治27年7月5日死去。50歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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