高盛町(読み)たかもりちよう

日本歴史地名大系 「高盛町」の解説

高盛町
たかもりちよう

[現在地名]函館市高盛町など

昭和六年(一九三一)九月に設定された町で、堀川ほりかわ町の南に位置する。それまで函館区大字亀田村かめだむらの字であった高森たかもり高森町たかもりちようを中心に、字柏野かしわののごく一部を加えて町域とした(函館市字地番改正調書)。昭和四〇年頃まで、当町から西方大森おおもり町の辺りにかけてあった砂山の付近は、古くから高盛(高森)大森(大盛)とよばれていた。「検考録」は高盛・大森を「此辺りの浜は皆鉄砂なり、高尾森の名此砂山をさして云なるべし。両盛は渺茫たる東洋より吹き送る風に沙を堆積して丘阜を為の名にて、モリとは積もる義也」と記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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