高野開発村(読み)たかのかいほつむら

日本歴史地名大系 「高野開発村」の解説

高野開発村
たかのかいほつむら

[現在地名]富山市水橋開発みずはしかいほつ

常願寺川右岸東方に開けた穀倉地で、西は常願寺村。村名は高野郷内の百姓が小高い野原を開発したことに由来し、当初は開発村と称したが、開発村(現上市町)混同を避けるため高野をつけてよぶようになったという(水橋町郷土史)正保郷帳では「高野ノ」と注記され、高一千一四二石余、田方七一町九反余・畑方四町二反余、新田高二〇石余。明暦二年(一六五六)の村御印留では開発村とみえ、草高八四一石・免四ツ二歩、小物成は野役三二匁・鮭役一八匁・鱒役一三匁。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む