鳥居忠春(読み)とりい ただはる

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「鳥居忠春」の解説

鳥居忠春 とりい-ただはる

1624-1663 江戸時代前期の大名
寛永元年生まれ。鳥居忠政(ただまさ)の3男。兄の出羽(でわ)山形藩主鳥居忠恒(ただつね)に嗣子がなく絶家となるところ,父祖の功により,忠春が寛永13年信濃(しなの)(長野県)高遠藩主鳥居家初代となる。3万200石。大坂城加番の際宿舎で医師松谷寿覚にさされ,寛文3年8月1日死去。40歳。初名は忠定(たださだ),忠豊(ただとよ)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む