鳥居河原川端通(読み)とりいがわらかわばたどおり

日本歴史地名大系 「鳥居河原川端通」の解説

鳥居河原川端通
とりいがわらかわばたどおり

[現在地名]鶴岡市鳥居町とりいまち山王町さんのうまち

鳥居河原御徒おかち町の西、うち川が南へ蛇行して流れる辺りの東岸にある給人屋敷と寺地対岸八間はちけん町・五日いつかかた町。元禄九年(一六九六)の城下大絵図ではあら町御橋際より鳥井川原東川端まで四一四間とあり、給人屋敷約五〇軒、浄土宗正覚しようがく寺とその東隣に曹洞宗常源じようげん寺がある。明治一三年(一八八〇)鳥居河原みどり町などと合併、鳥居町となる。正覚寺は慶長一二年(一六〇七)創建と伝え、正月六日に鶴ヶ岡城内黒木書院縁での御目見得を許されていた(「年始規式帳」鶏肋編)。本堂廊下は鶯張りとなっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む