鴇ヶ谷村(読み)とがたにむら

日本歴史地名大系 「鴇ヶ谷村」の解説

鴇ヶ谷村
とがたにむら

[現在地名]尾口村鴇ヶ谷

釜谷かまたに村の南西、手取川の支流下田原しもたわら川左岸に位置し、集落は山地斜面にある。東本願寺常如書状(鴇ヶ谷道場文書)などには頭ヶ谷・十ヶ谷と記されるが、享保四年(一七一九)の村名替覚(改作所旧記)によると、貞享(一六八四―八八)頃に十ヶ谷から鴇ヶ谷に改称したと伝える。越前国正保郷帳に村名がみえ、田高三石余・畑高五石余。元禄八年(一六九五)の火事覚(上野文書)では家数三四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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