鴇谷村(読み)とうやむら

日本歴史地名大系 「鴇谷村」の解説

鴇谷村
とうやむら

[現在地名]長柄町鴇谷

永富(ながどみ)村の西に位置し、一宮(いちのみや)川が東流する。大多喜(おおたき)往還が通る。応永二四年(一四一七)八月の日英末寺等支配注文(法宣院文書)に上総「形部鵠谷今ハ破壊」とみえ、当時荒廃していたがこの地に日蓮宗中山門流支配下の寺院があり、日英は刑部(おさかべ)内の当地などを千代寿・寅菊丸に譲っている。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に村名がみえ、高七三一石。地内の日輪(にちりん)寺(現真言宗豊山派)は寛永一〇年(一六三三)の関東真言宗新義本末寺帳に刑部郡鶏谷村月輪寺とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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