鴨部中筋村
かべなかすじむら
[現在地名]志度町鴨部
鴨部川下流域沿いにあり、北は鴨部下庄村。単に中筋村ともいう。「和名抄」寒川郡鴨部郷の地に比定される。六番古墳・西山古墳など小円墳群がある。平安末期に山城石清水八幡宮領鴨部庄が成立。寛喜二年(一二三〇)正月日の宗清置文(石清水文書)にみえる鴨部庄内の「上庄」に含まれたとみられ、また地内の坂子は八幡宮田中坊領の若宮長日灯油料のうち、閏月分七升二合を負担することになっていた。坂子はその後石清水祠官紀道清から娘明信へ譲与されたが、権別当教清に奪い取られている(正嘉二年七月日「柳紹清申状」塚本文書)。戦国時代には十河一存の臣鴨部源次が鴨部中筋城に拠ったという(南海通記)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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